華やかなオフィス街からは少し外れ、雑居ビルが多く建ち並ぶ西天満5丁目
正面には武骨な阪神高速があって
平日昼間に歩くと灰色をした街並み

そういうところに隠れた名店があったりするのかもしれないけど、パッとしないなという第一印象の土地に、ひっそりと佇む神社がひとつ

こじんまりとした神社で、参拝者もわたしの他にひとりふたり
人と会う約束の時刻まで、お茶するほどの時間もないけど他に時間をつぶすところもないからと、街ブラしていてみつけた神社だったのですが

こここそが、大阪キタのえべっさんと呼ばれている堀川戎ほりかわえびす神社でした・・・!

日本三大えびすといえば
兵庫の西宮神社、大阪の今宮戎神社、そして京都のゑびす神社が挙げられますが

京都のゑびす神社じゃなくて堀川戎神社や、という意見もあるとかないとか

先日、商売繁盛の一大イベント、十日戎のお祭りがあちこちの戎神社で行われましたが
ここ堀川戎神社でもそれはそれは多くの参拝者が訪れたそう

何のイベントもない平日の昼間は人気もなくスンと静まり返っていましたが
十日戎のときは周囲に100軒もの出店も出たとかで、コロナなんてもう忘れられたかのような人だらけの写真がSNSで見られました
ウヒィ・・・

そんな一大イベントで盛り上がる姿ではなく
ただの平日のうら寂しいような写真でなんだかごめんなさいね

十日戎のときは姫松コロナで引きこもっておりましたゆえ←

ハイ

こちらの神社、創建もかなり古いんですね

奈良時代は欽明天皇の時代(539~571年)のこと
止美連吉雄とみのむらじよしおなる人が、蛭子大神えびすのおおかみの神託を受けて堀江で玉を得て、これを御霊代に蛭子大神を祀ったのが始まりと伝えられています

それから約100年が経った651年に、少彦名命すくなひこなのみことの神像を彫刻して納め祀って
さらに703年に天太玉命あめのふとだまのみことを相殿に祀って、ご祭神三座と相成りました

えべっさん、といえばいわずもがな、商売繁盛の神さん
七福神のひとりで、釣り竿と鯛をかかえてる姿を誰もがイメージしますね

でも、えべっさんは『古事記』や『日本書紀』には登場しないんですよ

いや、登場しないことはなくって
イザナギイザナミ夫婦の間に生まれた子どものひとりに、蛭子ひるこ神というのがいるのですが
不具の子として海に流され、その後神話に登場しない神さんなのです

西宮神社のえべっさんは
この蛭子神の伝説があるため、蛭子神をえべっさんとしてお祀りしていますが
不具の子と釣りや商売繁盛はイメージが繋がりませんよね

ほとんどのえべっさんを祀る神社では、国造りの神さんとされる事代主神ことしろぬしのかみをえべっさんとしています

事代主神は日本で最初に魚釣りをしていた神さんとして描かれていて
釣り竿持ってるえべっさんのイメージと一致
でも、名前が一文字もかすってない

かたや不具の子、かたやコトシロヌシ

それが共通の“えべっさん”といわれる由縁には
「えびす信仰」というものが外せません

古来より日本では、砂浜などに打ち上げられる漂着物を神聖なもの・神さまと考えて「えびす」と呼んでいたそうなのです

むかーしむかしの人にしたら、海の向こうは全く異世界
同じように人が住んでるなんて思いもせず、海の向こうは死者の国と考えたり、神さんの国があると考えたり、不老不死の国があるんやと考えたり

そんな未知なる世界から流れ着いたものは
例えば中国から漂着する文明的なものだろうと
クジラやイルカの死体だろうと人間の水死体だろうと
大漁を呼ぶものだと考えられていたのです

蛭子神は西宮に流れ着いたというエピソードがあるので、まさに「えびす」

事代主神の漁のイメージもまた、えびす信仰と混ざりあっていって、えびす様になったと考えられています

西宮神社も今宮戎神社も、昔から国内外との貿易の海路にあって、近くには活気のある市場もあって
人々はえびす様に航海安全や商売繁盛を祈るようになり、平安時代の頃から市場の神として祀られるようにもなってきたそうです

姫松もしっかり商売繁盛・景気回復・給与アップを祈りまして

堀川戎神社境内にある榎木えのき神社という末社がちょっと独特なので見てください

外側は何も変わりありませんが
建物の中に社があるタイプで、この社が

一見普通に見えますが、地車だんじりの形をしているのです
別名、地車稲荷だんじりいなり神社

もともと、堀川戎神社から少し離れたところに榎木の大木があって
いつのころからかそこに祠をつくって神さんを祀っていたのが江戸時代初期

江戸時代後期になって、ちゃんとした神社にしましょうよってことになって、そのとき当時堀川戎神社境内にあったお稲荷さんの末社・稲生いなり神社を合祀して、新たに本殿と拝殿が建てられました

しかし明治期の神社合併政策によって吸収合併され、堀川戎神社境内に移転
1945年に戦災で焼失してしまったあと、1958年に地車の構造をした本殿が再建されました

で、なんで地車なのかというとですね

昔このあたりに、地車吉兵衛という古狸がいて
こいつがまぁ陽気なことが好きで夜中になると地車囃子を真似て、あちこちでチキチンコンコン音をたてていたんですって

でも人からしたら、近所で鳴ってると思って外見てみてもなにもなく、遠くの方で聞こえるような気もしたり、家のすぐ前で鳴ってるような気もしたりとなんともうすら気持ち悪い話

けれども吉兵衛の名前は江戸時代には関西一円に名高かったらしく
願い事してそれが叶ったら、その夜に地車囃子が聞こえるといわれて、狸神として信仰されていたそう

そして、願いが叶った暁には小さな地車の模型を奉納するというというので
社殿も地車の形にされたよう

ほら、小さい地車がいっぱい。かわいい

絵馬も地車を引く狸。かわいい

というわけで
以上、堀川戎神社のご紹介でございました◎

十日戎の日以外は閑散とした雰囲気かもしれませんが、歴史ある神社ですし
なんてったって日本三大えびすに匹敵する由緒ある神社

商売繁盛願ってぜひお参りください~

2022.1.22 姫松なつき

〈参考文献〉
堀川戎神社ホームページ
●神仏ネット
ヒルコ神(蛭子神)|恵比寿様と同一とされる神話に登場する不具の神さまを解説
事代主神(コトシロヌシ)とは?恵比寿様との関係やご利益・祀られる神社をご紹介!
恵比寿様とは|大黒様と祀る意味や由来・何の神さまかご利益、神社等紹介

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