先日、天王寺七坂を巡っていた際
下寺町の寺を見ながらネリネリ歩いてましたらね

がっつり山門が開かれたお寺を発見

こちら、光傳寺こうでんじさん

(大阪市天王寺区下寺町1-3-64)

入っていいのか
他に参拝者の姿はない

お寺参りで悩ましいのが
檀家以外でも参れるのかどうか、ですよね・・・

つまみだされたらどうしよう!とチキンハート発動するも

山門の左側の壁に窓
そして薄緑色の鳥居で囲まれた看板

気になるやん
とりあえず読むやん

「この窓の奥に見える當寺に鎮座し奉る・・・」

との書き出し

こっそりこそこそ、格子窓の奥を覗いてみれば
小さいながらも鳥居と神社の社殿が見えるではありませんか

ええいままよ
つまみだされたらつまみだされたとき!
というわけで、参拝することにしました!

境内はさほど広くはなく
敷地の半分ほどが墓地

めちゃくちゃ大きな桜の木が真ん中にドーンと立ってるのが
とても印象的です
これ、花の季節だとさぞ綺麗だろうなぁ・・・!

そして、外の小窓から見えた神社がこちら↓

これまたなかなかいかつい木が生えてて
狛犬がちょっと体ずらしてるように見えますね(笑)

お寺の中に神社

むかーし昔はね
神仏習合の考えから
お寺の中に神社があってもいいし
神社の中にお寺があってもよかったんですよ

でも、明治期の神仏分離令によって
お寺と神社はきっぱり分けられてしまって
寺の中の神社や神社の中の寺は
近隣の寺社に移されたり壊されてなくなったりしてきたんですね

とはいえ、100%分離されたかというとそうではなくて
いくらか残ったものもあったようですし
あるいは、戦後になって再び神さんを寺内に勧請して
祀ることもあったようです

光傳寺境内の神社の社殿は比較的新しそうな雰囲気ですが
廃仏毀釈の波に遭ったのかどうかはわかりません

さて、この神社は何かというと
和歌山は加太にある、淡嶋あわしま神社の分社でございます

淡嶋神社はなかなか有名なのでご存じの方も多いかもしれません

人形供養の神社として
境内にビッシリ、ありとあらゆる人形が並べられてるんですよね

あと、婦人病にご利益があると有名ですね

お稲荷さんがお寺にあるのはまだ見かけたことありますが

淡嶋さんがお寺にあるのって珍しい気がする・・・?
どうなんでしょう?
ちょっと調べてみたら
浅草の浅草寺に淡嶋堂があるんですって!

ただ、こちらは神さんとしてではなく
淡嶋明神の本地仏としての虚空蔵菩薩や
本尊を阿弥陀如来とする完全仏教スタイルでした

浅草寺以外でも、淡嶋堂をもつお寺はちらほらあるみたいです

というのも、江戸時代には淡嶋願人あわしまがんにんと呼ばれる
下級宗教家がワラワラおりまして

その人たちは、淡嶋神社のお札を持って、
その由来を語りながら全国を巡っていたのです

淡嶋神社は女性の病気にご利益があるとは昔からいわれていたものの
加太まで行くのは容易ではない人たちに
淡嶋願人は

「私が貴女の代わりに淡嶋神社へ参りましょう」

というのです
その際に、女性が参る代わりにと、
女性の衣類や髪などを受け取っていたそうなのですが

「淡嶋さまへの代僧代参り~~
 櫛、こうがい、かんざし・・・?
 ノンノン!本べっ甲を上げよとご誓願でござ~る~!」

とかなんとか語ってたらしいんですね

う さ ん く さ い (笑)

そう、下級宗教家といった通り
けして真面目な坊さんではないみたいなんです

淡嶋さんに納めるからという理由で女性からモノを集めようとして
あわよくば本物のべっ甲を出せと・・・

そりゃあちゃんと淡嶋神社へ持って行って納めてた願人も
いるかもしれませんが

十中八九売り飛ばしてたんちゃうかといわれてます←

とはいえ、淡嶋願人が全国を巡ったおかげで
各地に淡嶋さんの信仰が広まって
淡嶋神社・淡嶋堂ができたんですって
もちろん、光傳寺にあるのもそのひとつ

ところで、この淡嶋願人とやらは淡嶋神社の神さんについて

「薬王神で、天照大神の第六姫君で、
 住吉神の妃になるも、婦人病のために離縁となって
 綾の巻物と神宝をもらって空舟に乗り、
 加太に着いたといわれます」

と語っていたそうなんです

が、加太の淡嶋神社には
ご祭神は少彦名命すくなびこなのみことだとあるんですよ

え、少彦名命は住吉神の奥さん・・・?

なんて、そんなわけはなくてですね

少彦名命はれっきとした男(笑)

加太の淡嶋神社に記載されている由来には

三韓出兵から帰国中の神功じんぐう皇后が海上で嵐にあって
船が沈みそうになったところで神からのお告げがあり
言われるがままに船を進ませたどり着いたのが
加太の近くの島、友ヶ島
その島には少彦名命と大己貴命おおむなじのみことが祀られていて
この2神が皇后を救ってくれたということで
皇后の孫である仁徳にんとくさんが友ヶ島に狩りに来た際に
島よりも対岸の加太の方が何かと都合よかろうと
社殿を建て祀ったのが起こり

と書いてあるんです

少彦名命は医薬・病気平癒の神さんですし
2神とともに祀られた神功皇后はパワフルママンゆえに
安産のご利益があるとされているわけですが

淡嶋願人のいうことと全然違いますね・・・?

どこかで伝言ゲームのミスがあったのか、なんなのか・・・

はたまた、イザナギ・イザナミの2番目の子じゃないか説
というのもあるそうです
『古事記』によると、1番目の子が蛭子えびすで、
2番目については「淡島」との記載があるそうなんです

はて・・・淡嶋神社の真の縁起はわたしにはわかりませんが

ともかく、淡嶋願人によって淡嶋さんの話が広められ
光傳寺境内の淡嶋神社もその1つだよということです

せっかくなので
わたしも女性疾患にかからないようにと祈りまして

チキンハートのまま本殿を探して境内の奥へ

こちらが本堂

なんか、金持ちの家っぽいというか
リゾートホテルっぽいというか・・・
ハイカラな現代建築!

一見してお寺とはわかりませんが
浄土宗のお寺で、ご本尊は阿弥陀如来

創建年代は不明ですが
けして最近できたお寺というわけではありません

下寺町のお寺は、すべて大坂の陣の後に整備された寺町なので
江戸時代以前からの歴史あるお寺だと思います

それが、第二次世界大戦の戦火に遭って本堂が燃えてしまい
戦後約20年かけて、現在の本堂を建てたそうです

本堂のみならず、庫裏やご本尊、過去帳までも
焼失してしまったんですって・・・なんてこったい・・・

そうそう、光傳寺さんには
江戸時代(元禄・享保期)に活躍した浪花の狂歌師である
鯛屋貞柳たいやていりゅうなる人物のお墓があることで有名です

・・・知ってる?
わたし知らない←

1654年、大阪は南御堂にあった老舗菓子商の家生まれ

狂歌師の信海しんかいに狂歌を習い
浪花狂歌で大バズりしたお方

・・・そもそも、狂歌ってものがピンとこないわたしです←

しかし、大バズりのおかげで狂歌中興の人と呼ばれ
多くの優れた弟子を輩出したということなので
知る人ぞ知る人物なのでしょう・・・

ところで
光傳寺さんについて調べていたところ
去年の11月に「お香フェスティバル」なる
イベントが開催されたようなんです

色々なお香を作る体験ができたり
匂い袋の販売があったり、楽しそう~~~
今年もやらないかな!!!

残念ながら光傳寺さんのホームページやインスタグラムは
ないようなのですが
ちょくちょくチェックしてみようと思います♪

2022.6.7 姫松なつき

〈参考文献〉
●まいてら新聞
「スポーツジムのトレーナー×お坊さん‐光傳寺 副住職 国子克樹さん」
https://mytera.jp/paper/bouzu_koudenji_kuniko/

●占いフォーラム
「淡島様」
http://www.ffortune.net/spirit/zinzya/kami/awasima.htm

●七夕文化
「淡島信仰と流し雛~流し雛は雛人形の源流か?~下:石沢誠司」
https://blog.goo.ne.jp/shizechemg/e/3b5b33a568af3f0114ccaebe4f93f72f

●淡嶋神社ホームページ
http://www.kada.jp/awashima/

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