堺駅のプラットプラットにある用事があって
ついでにこの辺に神社なんぞないかしらとググってみたら
ありました

南海堺駅から少し西
国道26号線沿いに、小さい神社
その名も龍神堂りゅうじんどう

(堺市堺区竜神橋町2-3-12)

(左に見える道路が国道ね)

名前からもわかるとおり
ご祭神は龍神

なんですが

この小さい境内には色々と祀られていて
一言に龍神といっても
・白龍大神
・白長龍王
・八王大龍神
・豊龍大神
(ちょっとそれぞれ読み方の正解がわからず・・・
教えてエライ人 汗)

と、4柱もの神さんがいるようです!

鳥居の正面、おそらく本堂と思われるのがこちら

(写真を見返してから気づく・・・松がジャマ・・・!汗)

こちらに白龍大神が祀られています

境内入ってすぐ右手には白長龍王

こちらは、ろうそくを供えて、お賽銭を入れ
よくお参りしてから“おたづね”して
吉凶を占うようです

おみくじ入れみたいなやつを振ったら出てくるのかな

やってみたかったけど・・・
ろうそくがなかったのよ・・・
え、みんなろうそく持参で来るものなの・・・?

境内入って左側には、立派な龍の浮き彫りが

なんの龍神かはわかりません(汗)

これの隣にももう一つあったんですが
あれれぇ、おかしいぞぉ、写真がないぞぉ
(どうぞ現地にて見てください★ォィ)

小上がりになった本堂の奥にも
さらに3つの社があります
どんだけ~~

まず左手前にあるのが
白長龍王をお祀りしている
岩・・・?ご神体かな・・・?

奥に並ぶ2つはこちら

左が延命地蔵尊
右が八王大龍神と豊龍大神

この小上がりになってるところ、
上がっていいのかどうかわからなくて
近くから撮れなかったのですが
八王大龍神と豊龍大神が祀られている社の中には
枯れた木の幹がありまして
これがご神体なのかな・・・?

由来的なことが書かれている資料を
見つけられなかったので
ちょっとわからないことだらけです(汗)

本堂の裏手といいますか
一度境内を出て、国道側にまわってすぐ北側に

弥勒菩薩と子安地蔵大菩薩も
祀られていました

と、ひとしきり境内のご紹介をしたところで
創建のお話をば

むかーしむかしは
堺の海岸線はもっと東にありました

堺は中世の港湾都市として
それはそれは栄華を誇っていたのですが
江戸時代の1704年に
大和側のつけかえ工事があって以来
(昔の大和川はしょっちゅう洪水が起こってたのじゃ)
流れてくる土砂がどんどん溜まっていって
港は浅くなり衰退してしまいました

そこで、浜の人をはじめ、住民全体が港湾復興を願い
1786年に、越後の国の善法寺ぜんぽうじというお寺のお坊さんに
祈祷を依頼したところ
祈祷が終了の日没に、海上一面に灯明とうみょうきらめき渡り

「これは龍神さまの霊験じゃぁぁ!!」

となって評判に

1835年には、現在の大浜1丁目に善法寺が建立され
その敷地内に龍神堂も創建されたのだとか

この辺にできた新地の名前も「龍神」になり
そしてこの龍神という町は、花街だったんですって~
アッハンウッフン

なかなか大きな花街だったそうで
昭和33年に遊郭制度が廃止されるまで
龍神遊郭は続いていたというから
わりと最近までアッハンウッフンな町だったんですねぇ

昔はチン電(阪堺電車)は宿院で分かれて
大浜までつながってたんですって

宿院の西側、大浜は海岸があって、
水族館なんかもあって、リゾート地だったそう

反対の東側には繁華街があって
そして龍神遊郭もあって
まぁ~栄えてたようです

今のプラットプラットの寂れ感からは想像もつかない・・・(コラ

少々話が脱線しましたが

そんなこんなで栄えてた堺の町
善法寺にもたくさん人が訪れていたようですが
明治維新を経て、廃仏毀釈はいぶつきしゃく(※1)により
廃寺になってしまいました
廃寺の跡地には旭館あさひかんが建てられ
その敷地内に龍神堂だけが残ったそうです

そして、昭和5年、国道26号線敷設のために
地元の有志の願いによって、現在の場所に移設されました

ところでこの「旭館」
何かというと、
明治21年から昭和30年まであった社交クラブなんですが
これを建てたのは、アサヒビールの前身の
大阪麦酒会社社長の鳥井駒吉とりいこまきちという人

この辺りには、今は埋め立てられてなくなった
旭川という川があったそうです

駒吉さんは、政府高官や財界の人と旭館に集い
大阪麦酒の発展について大いに語らったことでしょう

現在、アサヒスーパードゥッラァァァイ
という名前のビール(言い方よ)

駒吉さんの時代には「旭日昇天」という名前でした

“アサヒ”には
「日出づる国に生まれたビールへの誇りと、
昇る朝日のごとき将来性、発展性を願ったもの」
という思いが込められているそうですが

旭川と、旭館
駒吉さんの身近には“アサヒ”があちこちに
存在していたのですから
それが現在のアサヒスーパードゥッラァァァイ
由来にもつながっているともいえるかもしれません

いや~~しかし
まさかの小さな神社から
遊郭、そしてアサヒビールの始まりにまで
歴史話が広がっていってしまいました(笑)

歴史はひとつひとつあるわけじゃなくて
長い時の中で全部が全部繋がっていると
思いもよらないところで
改めて感じることができました◎

どうぞ、龍神堂へ訪れた際には
アサヒスーパードゥッラァァァイにまで
思いを馳せてみてください
(なかなか難しいわ)

2021.11.16 姫松なつき

(※1)廃仏毀釈・・・
簡単にいうと、仏教をやめること。
明治初期に、神仏習合の慣習を禁止して
神と仏、神社と寺院とをはっきりさせたところから
さらに、仏教なんかうっちゃらかして
神道を大事にしようぜっていう
流れになった時代があったのです

〈参考文献〉
●Wikipedia(龍神堂(堺市)、旭館、廃仏毀釈)

●アサヒグループ ホームページ
「堺で生まれ育った鳥井駒吉の夢とビールづくりへの挑戦
 第3話 アサヒビールの名前の由来」
https://www.asahibeer.co.jp/area/07/27/sakai/komakichi_vol03.html

●Omoroiさかい
「チンチン電車が大浜に」
http://www.sakai.click/chinden_ohama/

●堺意外史お散歩WEB
「女たちが体を張って生きた場所―江戸~明治期の堺の遊郭」
http://sakai-igaishi.net/%E5%A5%B3%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%8C%E4%BD%93%E3%82%92%E5%BC%B5%E3%81%A3%E3%81%A6%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%9F%E5%A0%B4%E6%89%80%E2%80%95%E6%B1%9F%E6%88%B8%EF%BD%9E%E6%98%8E%E6%B2%BB%E6%9C%9F%E3%81%AE/

●「龍神橋のいわれ」石碑

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近のコメント

    ページ上部へ戻る