先日ご紹介した興覚寺(こうがくじ)さんの
向かいにあるお寺、櫛笥寺(くしげじ)
(堺市堺区櫛屋町東4-1-15)

はりきりボーイが写っておりますスイマセン 汗

山門らしい山門がないため
普通のおうちにも見えますが
「水子地蔵」と「安産はらおび」の文字が
目立っていますね

こちらも日蓮宗のお寺
創建は室町時代末期の1492年
世界的には、コロンブスがアメリカ大陸を発見した年

創立者は大納言櫛笥隆朝(くしげたかとも)であると
寺伝にはあるそうなのですが
櫛笥さんは1607年生まれのようなので・・・
正確なところはわかりません

豊臣秀吉が朱印状(当時の公的文書)を出して
1石1斗(300~400坪くらいかな?)の領地を与えられ
徳川幕府もこれを引き継いだとのこと

大坂夏の陣(1615年)ではお寺が燃えてしまいましたが
翌々年には本堂を再建し
1704年には4つの支院を持つ
境内地・墓地が1238坪もの大きなお寺に
なっていました

しかし、第二次世界大戦で爆撃を受け
またまた全焼
戦後の「堺市戦災復興都市計画」により
泉陽高校(与謝野晶子の母校!)の運動場を
拡げるために土地を移ることとなり
現在の地に、鉄筋造の本堂を再建されました

さて、こちら安産祈願のお寺となっているのには
所以がございまして

安産祈願の文字の下
「壺日審聖人安置」とありますね

日審(にっしん)さんというのは、
櫛笥寺の8代目になるお方なのですが

日審さんのお母様は
日審さんを産む直前に亡くなられまして

普通なら腹の子も死にますが
つぼ棺に納めて寺の墓地に土葬したところ
なんと、そのお棺の中で
奇跡的にも出産されたのです・・・!

櫛笥寺のホームページにある話では
「母親の愛情から幽霊となり、
 毎晩水あめを買って赤ん坊を育てていたのが
 発見され、その後立派に成長した」
と・・・

む、これ、なんか子供の頃に
幽霊譚のひとつとして聞いたことがあるぞ・・・
テレビで観たんだったか
本で読んだんだったか・・・

まさか、遠い昔に聞いたことあった話の
大元の場所に巡り合おうとは・・・!へー!

と思ったけど
「幽霊 子育て 水あめ」でぐぐってみると
京都やら鎌倉やらでも
同じような伝説があるみたいですね(汗)

ともかく
立派に成長したのが日審さんで
己が奇跡的な安産であったお礼に
安産を守護すると誓われたそうです

櫛笥寺さんでは水子供養も行って
境内には大悲水子地蔵尊が
祀られています

あ、大悲水子地蔵尊は右側の大きなやつで
左手前のはうちの小僧さんです
(見たらわかるわ)

ところで
この大悲地蔵尊の

足元にいる
チビ地蔵たちをよく見てください・・・

おしりがラブリー・・・!(おい)

仏像って、人の形をしていても人ではない
神聖で独特なフォルムをしていますが
この赤子たちのぷりけつのリアルなこと・・・(笑)

元気に生まれてこれなかったり
あるいは生まれてすぐに亡くなってしまったり

そんな小さな子どもたちは
こうしてお地蔵さまが救ってくださるんでしょうねぇ

ともあれ、ちょっとこのお地蔵さんは
保育園の先生感があって
微笑ましいというかなんというか・・・(笑)

ぷりけつ地蔵を見た後に
さっそうと歩く小僧を見て
よくぞ大きく育ってくれたもんだと思いました

そして帰宅後、生ぷりけつを存分に
揉みしだきました
(最後何の報告か)

2021.8 姫松なつき

参考文献:Wikipedia(櫛笥寺)

     櫛笥寺ホームページ
     (http://www.kushigeji.com/

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